『機会が二度ドアをノックするとは考えるな』 シャンフォール
入学式から四日目。今日は身体測定───というのにまさかの遅刻だ!
朝ご飯にトースト一枚食べながら自転車を爆走させ、でこぼこの田舎道を下り駅まで急ぐ。
いつも乗っている列車よりも一本遅いのに乗り、都市の中心部で地下鉄に乗り換え『学園前』で降りると、目の前のホグワーツ学園へと走る。
身体測定はジャージに着替えるので、取り敢えず教室へ着替えを取りに行くことにした。
教室に着いてバックを置きジャージ一式を持って出ようとした時、校長のダンブルドアが教室の扉の向こうに立っていたのだった。
「おはようございます」
僕は条件反射で挨拶をした。
「おはよう、ジェームズ。ギリギリ遅刻は免れたようじゃな。
わしも君ぐらいの時はよくしたものじゃ───いやいや、そんな事は今関係なかった。
これから全教室の鍵を閉めるのだが忘れ物はないかな?」
「はい、ありません。…でも、どうして教室の鍵を閉めるんですか?」
それを聞いてダンブルドアは悲しそうに言った。
「残念な事に、この学校の生徒が他の生徒の貴重品を盗む行為が近頃続いておるのじゃ。
特に移動教室や集会、今日のような身体測定の時に、我々の目を盗んで」
「そうだったんですか…」
僕が更衣室へ向かおうとすると、校長がふと思い出したように言った。
「───今、更衣室は着替えの者で混雑しておるからトイレで着替えた方がいいじゃろう」
確かに、いつも遅刻ギリギリに着く人がちょうど着替えている時間だろう。
「そうします。ありがとうございました」
僕は素直に御礼を言い、ジャージの入っているビニール製の袋を肩に掛けて足早にトイレへと向かった。
ダンブルドアは満足げに微笑んでいた。
トイレに入り、そのまま奥の個室へと足を速めた。
(更衣室より全然いいじゃないか)
幾ら更衣室が広いといっても、何十人も入るとさすがに狭い。ここでだったら伸び伸びと手足が伸ばせる。
一番奥の個室の扉の前まで来て、僕は扉を開けた。
─── 一瞬、目に何が映ったかわからなかった。
ただ目の前がトイレの小窓から差し込んでくる朝の光を浴びて白く輝いていた。
しかしそれはTシャツの白さと背中の白さだとわかった───シリウス・ブラックの。
彼はTシャツに着替えている途中であった。
僕が彼の背中から顔へ視線を移したと同時に、彼も僕に気付き振り向いて僕の顔を見た。
沈黙が流れる。
「や、やぁ…」
沈黙を破る為に取り敢えず挨拶をした。引きつった笑顔でだが。
シリウスはさっと血の気が引いたと思ったら、僕の鼻先で扉を乱暴に閉められ、
二、三秒してまた乱暴に扉を開け、ものすごい剣幕顔でずんずん近付いて来て、僕の襟首を片手で掴んで壁に叩き付けた。
背中の痛さに一瞬息が詰まる。
「なっ…、ちょっ、待てよ!苦しいって!」
締め付ける手は緩めず彼は顔を近付けた。
目の色は薄灰色だったんだ、と呑気にもそう思ったがそんな事はすぐさま頭から吹っ飛んだ(もう息するのでさえ苦しい!)。
「見たか?」
シリウスは低く唸る。
「ストップストップ!本気で苦しいからっシリウス!手放してくれっ!」
僕があらん限りの声で訴えると、シリウスの瞳に一瞬驚きと悲しみが過ぎった。
が、それもすぐに消えてしまった。そして僕が話しやすいよう手を緩めた(しかし未だに手は放さない)。
「…見たか?」
彼は先程した質問を繰り返す。
「何を?」
「俺の背中だよ。何か…見なかったか?」
彼は苛立たしげに、しかし用心深く言った。
「?別に。ただ白くて綺麗な背中だなぁとしか…」
シリウスはその言葉に顔を顰めたが、僕の襟首から手を放してくれた。
僕は大きく息を吸い、吐いた。
「…まだ入学して四日目なのに遅刻とは先が思いやられるな、スポーツ特待生のジェームズ・ポッター君?」
「えっ…?」
───まさかあのシリウス・ブラックが自分の名前を覚えているとは!
「どうして僕の名前知ってるの!?」
彼は愉快そうに笑う。
「あの新聞を読んでるのはペティグリューだけじゃないんだぜ?」
そう言って彼はウインクした。
───君は男までも手中に収めようとするのかい?
「ぼけっとしてないで早く着替えろよ」
「えっ…あ、うん!」
シリウスは、僕が着替え終わるまで待っていてくれて、二人でトイレを出、身体測定場である一番大きな第一体育館へと向かった。
「君はああゆう風に新聞のネタになっても嫌な気がしないの?」
僕が初めて『ホグワーツ四次元新聞』を見て疑問に思ったことだった。
驚いたことに、シリウスは、ははっと笑って言った。
「嫌も何も、俺がネタを提供をしてるんだ」
「何だって!?」
彼はにやりと笑う。
「影で尾ひれがついた噂が流れるよりはよっぽどマシだろ」
「確かにそうだけど…」
「自分の事実全てを話すんじゃなくて、ほんの一部分だけを話せばいいんだよ。
そうしたら周りの奴等は、そのほんの一部の事実に目が眩んでその奥にある真実が霞んで見えなくなってしまう」
僕は彼の巧妙な考えに素直に感心した。
確かに、広大な畑をもっている人が『僕は大地主だ』と言っても嘘ではない。
「じゃあ、君の『奥にある真実』って何?」
「君には一番教えたくない」
「どうして?」
「君は口が軽そうだから」
「ひどい言われ様だなぁ僕は」
シリウスが笑い、僕もつられて笑う。
彼の笑顔は取り澄ました表情でいるよりも綺麗で輝いて見えた。
体育館への渡り廊下を歩いていると前方にマクゴナガルの姿があった。仁王立ちしてかなりご立腹の様子だ。
「あなた達!もう身体検査は始まっているのですよ!急ぎなさい!」
「はぁーい」
二人で小走りして彼女の横を通り過ぎる時、僕は見たのだった───彼女が密かに微笑んだのを。
07/01/28掲載
07/03/07