『人と語り合うのはハープを弾くようなものだ』 オリバー・W・ホームズ
「今日は春休み中に行ったテストを返却します」
身体測定の次の日のことだった。
二日目は学年集会、一昨日は芸術科目と役員決めで、まともな授業は今日が初めてだった。
「ジェームズもテスト受けたの?」
一人一人に答案を返却してる中、ピーターが聞いてきた。
「うん。春休み中に学校説明も兼ねて」
「自信ある?」
「まぁまぁ」
「まぁまぁか…僕、数学苦手だから今回もヤバいかも…」
僕たちの番がきて席を立ち、前へ出て答案用紙をもらう。点数を見ると───
「じぇ、ジェームズっ!君っ…」
僕の点数を横から覗き込んだピーターは驚いて声を上げたが、僕は自分の口の前で人差し指を立ててウインクした。彼は慌てて口を噤む。
席に着席した後、ピーターが興奮気味にこっそり僕に言った。
「スゴいね、ジェームズ!満点だなんて…!この先生のテストって難しいで評判なのに…」
いいなぁすごいなぁをピーターは繰り返した。
「シリウスってやっぱり頭良いの?」
ふと疑問に思ったがわかりきったことだった。
「もちろんだよ!ブラックは中等部の時からずっと学年トップなんだから!」
「へぇ。そりゃあすごいや」
自分も中学生の頃そうだったことを言わないでおいた。
全員に答案を返し終えた教師は皆と向かい合い満足気に微笑んだ。
「今回は難しめに作ったんだが、なんと満点が二人も出た───名前を言っても構わんだろう。ブラックとポッターだ」
クラス中の生徒が一斉に僕の方を振り向く(僕は真ん中の列の一番後ろの席に座っている)。
しかし、今日は一時間目からいるシリウスは涼しい顔をしていた。
「───そして九割取ってる者がこのクラスに二人。いやいや大いに結構。皆も彼らを見習うように」
休み時間になるとクラス中の生徒が僕の周りに集まった。
「ジェームズ、君はスポーツ特待生じゃなくて成績優秀者としてこの学校に来たのかい!?」
「頭が良くて運動もできて…」
「今度私たちに数学教えてね」
それらを聞いて僕は内心ほくそ笑む。
テストが返されるまでは、ただのサッカー馬鹿として振るまい、自分のテストの点数を聞いたクラスメートを驚かせようという魂胆だった。
見事に成功した───シリウスには見破られてたみたいだけど。
その後に理科、国語、外国語、社会と返却された。
僕は理科で大失敗をし、シリウスとかなりの得点差になってしまった(『芋蔓式』で五問も落としてしまった!)。
気付いたことに、シリウス以外にもこのクラスには頭の良い人がいた───リリー・エバンスだ。
彼女が唯一シリウスと競っている。
リリーはその美貌と才能でG組───否、学年でもっとも注目を集めている女生徒だ。
豊かな深みのある赤毛にニキビ一つない白い肌、アーモンドのようなエメラルド色の瞳───流石、『百合の花』だけある。
それに加えて、頭も良く、ピアノもプロ並に上手いときたら注目を集めないはずはない。
最初の頃はリーマス・ルーピンとよく一緒にいたが、今は二人とも同性の友達と仲良くやっている。
───そう、そして僕はそのリーマス・ルーピンと同じグループにいる。
元は美術クラスのピーターが彼と仲良くなりこうなったのだ。
リーマスは物静かで一見自分の意志を伝えないような感じだったが、実際は違う。
言うべきところはキッパリ言う、外柔内剛な人だ。
ただ、何かを心で押し潰してるような、得体の知れない物を心の奥底にしまい込んでいるように僕は時たま思えた。
昼休み、今日こそシリウスを捕まえて一緒にお昼を食べようと思っていたら、何と彼の方から僕に出向いた。
「ポッター。君、大失敗したようだな」
「その通りだよ。凡ミスはなかなか減らないもんだ」
僕は彼との得点差となった理科のことだと思い、苦笑した。
「俺が言ってるのはそのことじゃない」
「え?」
彼はにやっと笑った。
「君が頭の良くない振りをしていたこと」
「やっぱりバレてたか…」
僕はぺろりと舌を出す。
「君の話を聞いてたらわかるよ、それぐらい。嘘はもっと上手く吐くことだな」
ふふんと得意気に笑って教室を出て行こうとする彼を、僕は腕を掴んで引き止めた。
「何だよ?」
彼はちょっと顔を顰めて聞いた。
「何処行くの?」
「何処でもいいだろ」
「ついてく」
「ついてくんな」
僕の手を振り払って彼は生徒でごった返す廊下をずんずん進んでいくのを、見逃すまいと自分の弁当をそのままにして後を追った。
広い校舎を闊歩する彼が何処へ行くのか、謎が解けるかもしれないと思い彼を見失わないように目を凝らす。
階段を上り下りし、人が疎らになってきた所で彼は廊下の角を右に曲がった。僕も後に続く。
そこは先程までいた廊下よりも薄暗く、人は誰もいなかった。
一番奥の、壁と同じクリーム色の鉄の扉に入っていこうとしたシリウスは、僕がまだついてきていたことに気付き
直ぐさま扉を閉めようとしたが、僕が足と手で閉めかかった扉を押さえそれを防いだ。
「君はストーカーか?」
扉を閉めようと躍起になり歯を食いしばりながら彼は言った。
「この先には何があるの?」
「俺が先に質問してるんだ」
「ねぇ、どうして昼休みはいっつも教室にいないの?」
彼は眉間に皺を寄せて僕を睨み付ける。
僕がそれに笑顔で答えると、暫くして彼は軽く溜め息を吐き扉から手を離した。
今まで扉を引いていた状態だったので、僕は反動で後ろにひっくり返った。
「……こんな奴と俺は点数を競ってたのか…」
「そうさ」
にやりと笑い立ち上がる。
「で、僕はこの扉の先に進む権利はあるのかい?」
「ここまでついて来られたら教えるしかないだろ…」
彼は心底呆れたという表情をし、急に真顔になって僕に詰め寄った。
「絶っ対誰にも言うなよ」
「誓うよ」
「絶対な」
彼はそう言ってくるりと半回転し、奥へと進んだ。
中は灰色のコンクリートがむき出しで、同じ色の階段が真っ直ぐ上の扉へと延びていた。
シリウスはその一番上まで上り、ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。
かちゃりと金属音がして、耳障りな音を立てながら扉が開いた。
そこは屋上だった。ホグワーツ学園を三百六十度見渡せるほどの高さだ。
中等部のグラウンドでサッカーをしている生徒が見える。高等部の裏庭の陰でカップルが寄り添っている。
大学のメインストリートは今日も賑やかだ。
「…君はこの景色を今まで独り占めにしてたのかい?」
僕は感嘆で溜め息を漏らした。
「俺が言うのを渋った理由がわかったろ」
正午の照りつく太陽の光を受けた彼の笑顔は言葉では言い表せないくらい素敵だった。
07/02/03掲載
08/03/16