『人間を理解するには決して急がないことだ』 サントブーブ

 

 

入学式から一週間。クラスの中でも大体グループが決まりつつあった。

シリウスは最近ちゃんと一時間目から授業にいることが多くなり、

屋上の件以来、僕と彼は気の置けない仲となった(僕が勝手にそう思い込んでるだけかもしれないが)。

自分で言うのもなんだが、彼と自分はなかなか相性が良いと思う。

学力も体力も同じぐらいで、好きな食べ物、好きな作家も同じときた

(背の順は身長も体重も一緒だったためジャンケンで決めることにし、僕は敢え無く負けてしまった)。

 

僕が一週間、このG組の連中を見ていて気付いたことがあった。

このクラスのほとんどの人が他人と関わるのに一線を引く傾向がある。

そして大きいか小さいかを別にして、ピーター、リーマス、シリウス───否、ほとんど全員が心の何処かに『闇』を持っている。

そんなものが時折ちらと雰囲気に現れるのだった。

 

 

 

 

「シリウス、早く着替えに行こう!」

僕は体育の授業があと五分で始まるのに気付き、まだ教室でぐずぐずしているシリウスを急かした。

「後から行くよ。先行ってて」

「わかった。早く来いよ」

教室から更衣室まで二分、着替えで三分、それに今日はグラウンド集合なので時間に余裕がない。

加えて、僕たちの体育の先生は遅刻に口五月蠅いのだ。

仕方なくシリウスを置いて先に行くことにし、ジャージの入ったビニール製の袋を肩に掛け、小走りで更衣室に向かいながら考えた。

 

 

───前回もこのパターンだったな。

否、行く時だけじゃない。体育の授業が終わった後もこうだった。

ギリギリまでシリウスがぐずぐずして、それに痺れを切らした僕が彼を置いて先に行く。チャイムが鳴ると同時に現れる彼。

しかしこれは体育の時だけであって、移動教室の時はそんなことは決してない。

 

彼は何かを隠している。

 

 

「言いたくなきゃ、言いたくないで良いけどさ…」

言わないシリウスにも、それに拗ねている自分にも腹が立った。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は百メートルの計測するからな。お前らちゃんと走れよ」

この学校で一番若い体育教科担任が出席をとり終えて言った。シリウスはまたしてもギリギリにやって来たのだった。

「二人一組で、走る相手は背の順の二列で隣り合う者どうしだからな」

───学力勝負の次は体力勝負か。

 

僕がシリウスと走るのは言うまでもない。

 

 

 

「スパイクは履くなよ、ポッター」

僕たちの番まで後二列の時だった。

「安心しろ。普通の運動靴だ」

ほれ、と相手に見えるように足を出した。

「去年俺と走った陸上部が授業での計測なのにスパイク履いててさ。そこまでするかって思っただけ」

「まぁ、それを本職としてるんだから仕方がないんじゃないか?」

そうか、と彼は不満気に言った。

「そういう君こそタイムはどうなんだい?」

「まぁまぁだよ」

「まぁまぁか…」

とうとう自分達の番が来たので、僕は身体を軽くするためにTシャツ短パンになった。それを見た彼もそうした。

「…寒いな」

「上着着ればいいじゃないか」

「条件が一緒の方がいいだろう?」

そう言って彼はにやっと笑った。彼の意図を知った僕もにやっと笑い返した。

 

───どうやらこの勝負を楽しみにしているのは僕だけじゃないようだ。

 

 

 

「位置について───」

体育委員がピストルを青空に向け耳を塞ぐ。

僕とシリウスは予めセットしておいたスターティングブロックに足を掛ける。

「よぉーい───」

両指に全体重を掛ける───今日は、調子が良さそうだ。

乾いた音が辺りに鳴り響き、僕はスターティングブロックを強く蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ二人とも、良いもの見せてもらった!」

体育教師は、へとへとになって座り込む僕らに向かって嬉しそうに言った。

「ポッターもブラックも自己更新記録!ブラックに勝てる者はなかなかいなかったんだが、さすがスポーツ特待生だけあるな」

「いえ…それほど、でも…」

まだ息が落ち着かず、喘ぎながら言った。

接戦の末、残り十メートルというところで僕はシリウスを抜き、僅差で勝利したのだった。

「女子もずっと見てたんだぜ、」

アランがこっそり耳打ちした。

「今年の体育大会優勝は一年G組がいただきだ!」

 

 

僕は自分に群がってくる人を何とかかわし、既に校舎の日影にある芝生で休んでいるシリウスの横に腰を下ろした。

「みんなのご声援に答えてあげないのかい?ポッター」

もうだいぶ息が落ち着いている彼は皮肉気に言った。

「今は少し休ませてくれ…」

僕は彼の隣に寝転がり大の字になった。

目は走っている人を追いながらシリウスはぽつりと言った。

「速いな、君は」

「シリウスだって」

「あんな風に人と競ったのは初めてだ」

「僕だって」

今まで、学力でも体力でも自分に敵う相手なんていなかった。きっと彼もそうだろう。

彼をちらりと盗み見すると、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。

 

 

07/02/04掲載

08/03/16