『成功の秘訣は断固とした決意にある』 ディズレーリ

 

 

「ここからホグワーツまで歩いて三十分掛かるんだよ」

シリウスが笑いながら言った。

「部活が十二時に終わったとして、それから着替えたりなんだりして校門を出るのは十二時半かな?

 そして正反対の方向に三十分ひたすら歩いて一時か。

 運動やってて育ち盛りの少年には一時まで飲まず食わずはキツイな、ポッター君?」

「うるさいっ」

それを聞いてレグルスは笑う。

 

 

三人と一匹は広々とした歩道を闊歩する。

チョコはレグルスの時とは違い、シリウスの横にぴったりと寄り添い常にシリウスを窺っていた。

「随分君に懐いてるようだね、その犬」

僕は話を逸らしたい気持ちもあり、彼に尋ねた。

「家族の中で一番俺に懐いてるんだ。昔から動物には好かれる質らしい」

彼は嬉しそうに言い、それからふと思い出したように続けた。

「ところで、家に着いて一段落したら君の足の怪我を見てもいいか?」

「えっ?」

僕は耳を疑った。

「噛まれただろ、チョコに」

「バレてたの」

彼はにやりと笑う。

「さっきから右足を庇うようにして歩いてるのが見え見えだよ。それにチョコは噛み癖があるしな」

「…君は探偵みたいだ」

すると突然、レグルスが急にしゃがみこんだ。そして両手で心臓の辺りを上等な服に皺が付きそうなくらい握る。

「レグ───」

シリウスは急にしゃがみこんだ弟を見てさっと青褪めた。

「───まさか走ったのか?」

レグルスはゆっくり頭を縦に動かした。

「ポッター、チョコを連れるのとレグを背負うのどっちがいい?」

シリウスの声は落ち着いていたが、切羽詰まっているように聞こえた。

「君の弟を背負う方がよっぽど適任だろ」

僕はシリウスにバックを預けてレグルスを背負い、チョコを引き連れて走るシリウスの後を追った。

 

 

 

 

ブラック邸に着き、シリウスは素早くリードを柱にくくり付け、僕からレグルスを受け取り別室へと行った。

玄関ホールに取り残された僕はブラック邸を観察した。

そこは縦にも横にも奥にも広い、まさに『貴族の家』だ。

ホールは吹き抜けで、天井には見事なシャンデリアが光を受け華やかに光り輝いている。

家全体は緑を基調とし、こちらは落ち着いたかんじである。

でも何故かこの家はしっくりこなかった。

 

シリウスが戻ってきて柱からリードを外し、チョコからもリードの金具を外した。

犬は待ってましたとばかりに奥へと消えていった。

「こっちだよ」

先に歩くシリウスの後に続き、玄関の丁度目の前にある部屋へと入った。

そこは応接間のようだった。自分の家のリビングより大きい。

「適当に寛いでて。今何か作ってくるから」

「弟は大丈夫なの?」

僕は苦しそうに息をする彼を思い出した。

「あぁ。今は薬飲んで大人しく眠ってるよ」

彼はやんわりと微笑んで部屋を出ていった。

「(お手伝いさんとかはいないのかな?)」

こんな広いお屋敷なのだからいてもいいだろう。

僕は部屋にあるふかふかの肘掛け椅子にどかっと座り、天井を見上げた。

暫くそのままの格好でいると突然玄関の扉が開け放たれ、すらりとした女性が入ってきた───シリウスの母親だ。

開いていた応接間の扉の向こうにいる僕に気付き、彼女は僕を見た。

流石、昔モデルをやってただけある。背はすらりと高く細身で、美人だった。

顔立ちはシリウスと瓜二つだ(と言うよりもむしろ彼が彼女に似たのだ)。

そこへカートにティーポットとあつあつのホットケーキを乗せたシリウスが入ってきた。

「母様、」

シリウスは驚いているようだった。

「今お帰りに?」

「そうよ」

「そうだ…レグがまた発作を起こしたんだ。見てくれない?」

「あら、本当?」

ごゆっくり、と彼女は僕に言って応接間を出ていった。

シリウスはひっそりと溜め息を吐き、応接間の扉を閉めた。

「綺麗な人だね」

そうとしか言い様のない人だった。

「まぁ、ね」

彼は意味有り気に返した。

僕はそれに疑問を抱いたが、目の前に出されたホットケーキに心を奪われてそんなことは忘れてしまった。

「食べていい?」

「そんなんでよかったら。紅茶もいるか?」

「もちろんっ」

僕はホットケーキに囓りついた。出来立てのあつあつで、甘くて美味しかった。

シリウスは向かいに座り、僕の食べている姿を楽しそうに眺めていた。

 

僕が食べ終わり一段落し終えると、シリウスは救急箱を取り出してきて僕の足の治療をした。

制服のズボンの裾をたくし上げて、初めて自分の負っている傷の程度を知った(傷跡からは血が流れており、靴下が赤に染まっていた!)。

シリウスは丁寧に消毒し、包帯を巻いてくれた。

「随分手慣れたもんだね」

包帯を器用に巻く彼の手を見ながら言った。

「自分の身体でも上手く巻けるんだ。他人のなんて御茶の子さいさいさ」

彼の表情は下を向いていた為わからなかった。

「料理もできて、怪我の治療もできるなんてスゴいなぁ」

僕は素直に感心した。

「君はそんなコトよりも、もっとイイモノもってるじゃないか」

「例えば?」

「うーん…」

シリウスは言い澱んだ。明らかに顔が笑ってる。

「何だ、嘘か」

どちらともなくくすりと笑った。

 

 

 

 

 

「今日はどうもありがとう」

僕はシリウスに住宅街の郊外まで送ってもらった。もう太陽は西の空に傾き掛けていた。

「どういたしまして。今日は楽しかったよ」

「僕もだよ」

結局あの後は無駄話に華が咲き、気付いたら既に四時を回っていた。

「また明日な」

「うん」

僕はシリウスが書いてくれた地図を手中に収め、元来た道へと歩を進めた。

数歩歩いてちらりと振り向くと、シリウスも家路へと向かっていた。

 

 

家へと向かう彼の後ろ姿はどこか、叱られてしょんぼりしている犬のようだった。

 

07/02/11掲載

08/03/17