『不幸はこれを語ることによって軽くすることができる』 コルネイユ
チョコが家族の中で一番俺に懐いているのはある意味当然なんだ。だってあの家には俺しかいないのも同然だからな。
両親は仕事やお互いの愛人に夢中で、俺らそっちのけで家に帰ってきやしない。
レグルス?あぁ、あいつは身体が昔から弱かったから俺が中等部に入った頃に叔父に預けたんだ───本人はそうとう駄々こねてたけど。
だけど最終的には言うことを聞いてくれた。
その預け先の叔父がここで歴史を教えてるアルファード・ブラックなんだ。
良かったな、七不思議が一つ解けて。
結局あの家には俺しかいないから、それまで雇ってたメイドも全員辞めさせた───彼女らにとってはこんな嬉しいことはないな、きっと。
昔は───まだ俺が初等部入学する前は、まだ両親が家にいた。
俺は幼い時から色々な事を叩き込まれた───
勉強はもちろん、バイオリンやピアノなどの習い事から礼儀作法や家の歴史や家訓まで。
───ん?あぁ、バイオリンほどじゃないけど、ピアノも弾けるんだ、一様。
で、飲み込みが早かった俺は彼らにとって『自慢の息子』となった。
ただ、俺がヘマをすると───父親が冗談混じりで煙草の火を腕に押しつけてきた。
それがそもそもの始まりだったのかな。
両親の虐待は日に日にエスカレートしていった。
腕に煙草を押しつけられ、ぶたれて、暗く冷たい地下室に閉じ込められるなんて日常茶飯事だった。
───だから自分で包帯を巻くのが上手くなったんだ。
余りにも火傷の痕やぶたれた時の痣が酷くて、人の目に晒すのが嫌でそうしてた。
まぁ、ほとんどは服着てわからなかったけど。
初等部に入学する前に、この刺青を彫られた。
ブラック家の父親は代々その技術を受け継いでいるらしく、自分の父親もそうだった。
あ、言ってなかったっけ。俺の父と母ははとこ同士なんだ。
だから俺とレグルスは一族でもより『濃い血』を引いてるって、うちの家では言われているわけだ。
ブラック家は昔からホグワーツに入学する前に父が長男坊にこの絵柄を彫る慣わしがあったんだ。だから父にも同じ絵柄が背中にある。
意外だろ?だけどそんな奴がこの国の政治を動かしてんだよ。
そして俺も例外なく彫られた───今考えたら悍ましいよな。
痛みに泣き叫ぶ我が子の肩を押さえつけて、少しずつ何日もかけて彫ってくんだ───あの痛みは一生忘れない。
そうして俺は『ブラック家の長男』という刻印が刻まれた───何があってもこの家に忠誠を誓うと。譬えそれが恨みを込めて彫られたとしても。
それでも、俺は両親に『我が子』と認めてもらいたくて必死で勉強やバイオリンを頑張った。
バイオリンのコンクールで何度も優勝したし、学年トップの座だって今まで誰にも譲ったことはない。
───でも今年から君とエバンスがいるから学年一位の座は危ういな。
それなのに、だ。両親は俺を見てくれはしなかった───少なくとも虐待は受けなくなったけどな。
高等部入学前の春休み、俺たちエスカレーター組は先にクラス発表がされたんだ。
その時自分の目を疑ったよ───まさか、G組だなんてな。
俺の家は代々S組出身がほとんどで稀にR組の奴もいた。
S組の奴は───まぁ見ててわかるだろうけど、「自分たちが一番偉くて他の奴は屑以下だ」って考えてるのがほとんどで、
自分自身の財力や権力でもないのに、そこに胡座をかいて人を見下している。
こいつらのような親にしたら「こんな由緒正しいクラスはない」と思ってる。
だけど俺はG組になった。
両親から言わせれば「野蛮で野暮の、品のない奴等の集まり」だ。当然俺はその日から非難の嵐だった。
さっきロイドに「お前はG組にいるべき人間じゃない」って言われて思い出したんだ。
───ポッター、言われた本人よりもそんなに怒ってどうすんだ…。
その時母親にもそれと同じようなかんじで言われた───「お前はこの家の、私たちの子どもでもない」って。
そう言われた時、やっと自分は両親に憎まれてたんだって気が付いた。
刺青や自分の子どもに虐待したことも、俺が「出来の悪い子」だからじゃなく、ただ俺を憎んでいたからできたことだったんだって。
十五年間、そんなこともわからずに馬鹿みたいに気を引こうとして勉強やバイオリンをやってた自分に嫌気が差した。
それでも、さ───そこまでされといて、憎まれてるってわかってても、俺はあの人達にあいしてもらいたいって、思ってるんだ。
お前がそんな泣きそうな顔するなよな…。
…ロイドがさっき教室で言ってたことは半分当たってるよ。
実際学校の授業に出なくたって勉強についていけるし。君だってそうだろ?
中等部の時からかな、毎日のように遅刻するようになったの。
俺、朝弱くさ。それがほとんどの原因なんだけど。
授業受けなくてもいいやって思ってたらそのまま寝過ごしちゃって…何笑ってんだ?
正直、高等部に入るまで学校なんてつまんなかった。
……でも、君と話すようになってから学校に来るのが楽しみで仕方がないんだ。
だから最近朝寝坊もしないでちゃんと一時間目から学校に来てる───
あ゛ぁっ!笑うなよっ!俺だって恥ずかしいんだこんなこと本人の目の前で言うのっ!
…こんな話するのなんて君しかいないんだからな、俺は。
今まで友達なんて呼べる奴はいなかった───S組の上辺だけの『友達』は別にして。
確かに俺が授業そっちのけで真面目に学校に来なかったのは悪いと思ってる。
───だけどそんなこと考える以前に、あいつらは俺に一線を引いてたよ。「ブラック家の跡取り息子」ってね。
俺はみんなにとって「シリウス・ブラック」ではなく「ブラック家の息子」としか見られていなかった。
───家だけでなく学校でもそう思われるなんてうんざりだ。俺はそんなのこれっぽっちも望んでいないのに。
身体測定の時、初めてポッターと喋った時に名前で呼ばれて嬉しかった。
今まで誰も俺をファーストネームで呼ぶ奴はいなかったから───
シリウスは今まで溜まっていたものを堰を切ったように喋った。
彼が今まで過ごした人生は何とも惨めだ───そして、今まで疑問に思ったことがすべて繋がった。
中等部の頃からの遅刻、名前を呼ぶと一瞬揺らぐ瞳、体育の時にぐずぐずする理由、
彼の家で感じた違和感、母親と会話し終えた彼の態度…すべてが一本の線となった。
「君は…十分やってきたよ」
彼はふんと鼻を鳴らしたが構わず僕は続けた。
「…小さい頃から、僕じゃ抱えきれないものを背負って、それなのに親の愛すら恵まれないで…。
お前は十分立派だよ、シリウス・ブラック。だから───」
彼は目を伏せて黙って僕の言葉に耳を傾けていた。
「…もう、我慢なんかするな」
彼はことり、と頭を僕の肩に預けた。
「ホントに、お前って奴は……っ」
シリウスは静かに僕の肩を濡らした。
07/03/30掲載
08/03/18