「ポッターは記憶喪失です」
校医の言葉が鼓膜に響く。
「彼の場合、日常生活に問題はありません。
ただ、目覚める前―――墜落する前の記憶は一切ありません。
以前の記憶が戻るケースはありますが、このまま思い出せないことも十分にありえます」
「彼の記憶を思い出させる方法はないんですか?」
リーマスが尋ねた。
「残念ながら薬で治すことは不可能です…
彼が記憶を思い出せる何らかのきっかけ―――
記憶を無くす前の強い印象があれば思い出されることがありますが…」
「その強い印象というのを再現したら戻るかも、ってことですね?」
そうですね、と校医は答えた。
「しかし、だからと言って相手を下手に刺激してはいけません。
今の彼は前の彼とは違って、言わば二重人格のようなものですから…」
あの悪戯大王のジェームズ・ポッターが記憶喪失だ、とすぐに学校中に広まった。
記憶喪失をした人間が珍しいのか、彼の周りにはいつも人だかりができた。
彼は記憶喪失のお陰か、前のような傲慢さがなく、話しかけられた相手に愛想を振りまく。
頭の良さは変わらないのか、取り巻きの名前はすぐに覚えていった。
前の記憶がないことと性格を改善されたことで、以前よりも遥かに素晴らしいジェームズ・ポッターだった。
しかし俺はそんなジェームズに近付けないままだった。記憶を無くしてから一度も会話していない。
―――前まではいっつも二人で喋ってたのに…。
しかし今では他のクラスメートに囲まれながら楽しくお喋りしている。
―――今のジェームズは俺と一緒に居るよりクラスのみんなと居るほうがいいかもしれない…。
俺は心の中でそう結論付けた。
きっと、長いことジェームズと居過ぎたんだ…。
だからこんなに寂しいんだ…。いつもジェームズが隣りに居ないことが…。
…記憶を無くしたジェームズのためにも、俺は近くにいないほうがいいかもしれない。
俺よりももっといい奴はたくさんいるんだから―――
そう思って彼とは距離を置くことにした。
呪文学が始まる前、僕はクラスメートに囲まれながらお喋りをしていた。
そこでみんなの生い立ちや、以前の僕とどうゆう関係だったかを聞いていた。
その輪にいる僕はちらりと窓際に座る少年―――シリウス・ブラックを見た。
彼は頬杖をついて窓の外を眺めていた。
「―――ねぇ、」
一通り聞き終わった後、僕は尋ねた。
「あの窓際に座ってる男の子―――」
「シリウス?」
「うん、その人。あの子は?」
みんなは何故かにやりと笑った。
「君とすっごく仲が良かったんだ」
「いっつも一緒で、片時も離れなかったわ」
「みんな双子じゃないかと思うくらい意気ピッタシだったし」
そうか、僕はそんなにあの子と仲が良かったのか…。
それなのにどうして彼はこっちへ来ないんだ…?
「僕と彼、記憶無くす前に喧嘩でもしてたの?」
「いいや、全然」
「そうだよな…喧嘩してなかったのに、どうしてシリウスはジェームズと話さないんだろう」
「俺達がいるからじゃねぇの?」
「まさかぁ」
口論が広げられている中を抜け出して僕はシリウスに近付いていった。
「シぃーリウスっ♪」
突然話しかけられて彼は驚きで目を丸くした。
「…な、んだよ」
僕は彼の前の席に腰を降ろした。
「ねぇ、何で僕に近付かないの?」
「それは―――」
僕は彼の目を見て話した。薄灰色の瞳が窓から差し込む光によって銀色に輝く。
―――銀……?
急に頭が、割れるんじゃないかと思うくらい痛くなった。
目の前が真っ白になる―――
僕は椅子から崩れ落ちた。
シリウスが女々しい orz
06/07/01