目が覚めるとそこは医務室だった。
そして僕はベッドの側に誰かが居ることに気付いた―――シリウスだ。
「シリウス―――」
僕は身体を起こした。
「寝てろよ」
と言われて肩をベッドに押し戻された。ずきりと鈍い痛みが脳に走る。
「あっ…ゴメン…」
シリウスはぱっと僕から手を離した。
どうやら僕は無意識に顔を痛みで歪めてしまったらしい。沈黙が続く。
「…シリウ」
「俺、」
言葉を遮られた。シリウスは頭を垂れて下を向いた。
「俺…当分…ってかたぶん、一生…お前に近付かないよ…」
「え…」
「お前が痛い思いするなら、俺はお前から離れる」
そして彼は顔を上げ、真っ直ぐに僕を見た。
顔は無表情だったが、その澄んだ薄灰色の瞳は濡れ、一筋の涙が白い頬を伝っていた。
彼と目を合わせて頭が痛んだ。
しかし、シリウスの顔を見ると胸が締め付けられるような思いだった。
「なんで、君が泣くの……?」
僕は彼の頬を伝う涙を拭おうとしたが頬に触れる瞬間、激痛が走り手を引っ込めてしまった。
それが決定打となってしまった。
「じゃあな、早く治せよ」
彼は立上がり医務室を出ていった。
あれから三日、宣言した通り彼は僕に近付いて来なかった。
僕も頭痛が起きなかったので、やはり彼とは記憶が無くなる前、何かあったのだと思った。
しかし、あるグリフィンドール生二人を除く全員、僕と彼は記憶を無くす前、何もなかったと言った。
―――そう、そしてある二人とはリーマス・ルーピンとリリー・エバンズだ。
僕は、この二人が僕を取り巻く輪に入らないことにも気付いた。
そこで一人になったところを見計らって、まずリーマスに話しかけた。
「おーい、リーマス!」
「…ジェームズ?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ…」
そこで僕は教室で倒れたことや医務室のことを話した。だけど僕はシリウスが泣いたことには触れなかった。
リーマスは一言も口を出さずに聞いていた。僕が話し終わると、彼は少し考え込んで僕に尋ねた。
「ジェームズ…君は前の記憶を取り戻したいの?」
「えっ、と…」
思いがけない質問だった。そんなこと考えてもみなかった。
「取り戻したくないんなら聞く必要はないよ。それで頭痛もないことだし…
興味本位で聞く話じゃない…もし、それでも聞きたいなら直接本人に聞いてみれば?」
そう言って歩いて行ってしまった。
次の日の放課後、僕は一人中庭へ行くと偶然にもリリー・エバンズがベンチに座って本を読んでいた。
話を聞く分にも、彼女はそうとうモテる。まぁ、聞かなくても周りの反応でわかるが。
彼女のアーモンドのような形の明るい緑色の瞳に愛くるしい顔立ち、真紅の髪が印象的だった。
「やぁ」
彼女は振り向き、僕だと判ると怪訝そうな顔をした。
「……何かよう?」
声からも明らかに不機嫌そうだった。
「いや。ただ挨拶しただけ」
「ならあっち行って」
だけど僕は行かなかった。僕にはその場を離れなくてもいいという絶対的理由があった。
それは、噂でリリーが僕のことを好きだと聞いたからだった。
「僕知ってるよ」
口元に弧を描きながら彼女の横に座った。彼女は目だけをこちらに向けた。横顔も可愛い。
「君、僕のこと好きなんだってね」
「へぇ、だから?」
少しは慌てるのかと予想したが、意外にも彼女は涼しい顔をしていた。
「だからって言われても…」
「あたし、今のあなた大っ嫌い」
初めて彼女と話したがさすがに大っ嫌いはキツかった。
「記憶を無くす前と後の僕ってそんなに違うの?」
「…いつも勘づくくせに変なところで鈍いのは変わんないのね」
「ねぇ、教えてよ」
「そんなの自分が一番わかってることじゃない!」
リリーは急に大声を張り上げた。
「あなた、シリウスと話して何か勘づかなかったの!?」
「やっぱりシリウスと関係してるんだ!」
その言葉を聞いてリリーは溜め息をつき肩を竦めた。
「…本当に、わからないの…?」
「さっきからそう言ってるじゃないか」
「…じゃあまず、あたしに質問させて」
「うん」
「なんでそこまでしてあなたはシリウスのことを知りたいの?」
リーマスといい、リリーといい、意外な質問ばかりされる。
「そんなこと、考えたこともなかった…ただ…」
涙に濡れる薄灰色の瞳が脳裏を過ぎった。
ちくりと頭が痛む。
「ただ?」
「ただ…シリウスが、泣いたんだ…
どうして、僕のために泣くのか、わからないんだ…」
「鈍感!」
リリーが一喝した。
「そして小心者っ!そんなに気になるんなら頭が痛くなろうと本人に聞くべきだわっ!」
「だって、シリウスは僕が倒れてから僕に近付こうとしないんだよ!」
「やっぱり前のジェームズとは別人ね!
彼ならどんなにシリウスに無視されようと、自分が風邪引こうと、しつこいくらいに纏わりついてたわっ!」
「…それじゃあシリウスは、随分前の僕に参ってたんだろうな…」
「だけど満更でもなかったわ」
「そんなに僕とシリウスって仲が良かったんだ…」
「気味が悪いくらい良かったわ」
そう言ったリリーの哀愁を帯びた横顔は、夕日に照らされてより一層もの悲しそうで、大人びていた。
シリウス、君は僕の何だったんだい―――?
このサイトではよくシリウスが泣いてるような気がする…( ̄▽ ̄;)
彼は滅多なことじゃないと泣かないよっ(ここで弁解しても)!
06/07/09