椅子の背に寄りかかって溜め息。

そして今日出された山のような宿題を見つめる。

―――あのクソじじぃ、鬼だ。何も入学して次の日にこんなに宿題出さなくっても…。

入学したてのビル・ウィーズリーはこの宿題を出した鬼教師の顔を思い浮かべて悪態をついた。

この宿題をやるためにわざわざこうして図書館に来たのだが、どうしても手につかなかった。

しかし、普段ならこのぐらいの量なら嫌々でも、取り組んでいくうちに周りを気にしないくらい没頭できるのである。

そう、他にも集中できない理由があるのだ。

 

 

―――ったく、五月蠅いなぁ…。

さっきから妙に廊下が五月蠅い。マダム・ピンスもいつも以上にピリピリしているようだった。

集中できないなら無理してやんないほうがいいよな、と勝手に結論を出し、

机の上に広がっている宿題を掻き集めてカバンに入れ、図書室を後にした。

廊下に出てみると先程の五月蠅さが嘘のように静かだった。

―――全く人騒がせだな!

ビルは腹が立った。ぷりぷりしながら廊下のつきあたりを右に曲がろうとしたら―――

「おッと!」

「ぅわっ!」

突然人が曲がり角から勢いよく飛び出してきた。

もちろん、ビルは突如現れた人を避けきれなかったし、

相手も猛ダッシュで走っていたので止まれず、二人は派手にぶつかった。

持っていた手荷物はすべて廊下にぶち撒かれた。

―――と言っても、ぶつかってきた相手はビルより遥かに背が高く、ビルのように尻餅はつかなかった。

「大丈夫か!?」

ぶつかった相手はビルの前に片足をついて顔を覗き込んできた。

宿題といい、廊下の騒がしさといい、ビルは怒りに怒りが募り、

この急に飛び出してきた上級生に何か悪態をつこうと口を開いたが、

そのビルの前に屈み込む上級生の顔を見て何も言えず、ぽかんと間抜けにも口が開きっぱなしにしまった。

 

―――べっ、べっぴんさんだぁ…。

 

その上級生の黒髪はついさっきまで走っていたため少し乱れていたが、それでも女の子が羨むくらいサラサラだった。

切れ長の涼しげな目元を長い睫毛が縁取っていて、そしてその澄んだ薄灰色の瞳は不安げにビルを見つめていた。

―――シリウス・ブラック。

黒髪薄灰色の瞳に美形ときたらブラック家の容姿の特徴だった。

ビルはまじまじとその上級生―――シリウス・ブラックを見つめていた。

「おいっ、ホントに大丈夫か、お前?」

何も言わないビルの顔の前で手を振りながらシリウスの瞳は不安の色を濃くした。

「あっ、―――はぃっ!全然どこも痛くないですっ!」

ビルは突然声を出そうとしたので声が裏返った。

シリウスはほっとしたようだった。それと同時にシリウスはビルのタイの色に気が付いた。

「あっ、お前グリフィンドールだったんだ…あんま見ない顔だな…一年?」

「はい」

ビルは、シリウスが早く自分から目を逸らしてくれればいいのにと思った。

どうしてもシリウスのドアップには耐えられなかった。

「なかなかイイ顔じゃん。お前、モテるだろ」

あなたほどでは、と言おうとしたところ

「シリウスっ!」

シリウスが顔をビルから離し、声がした方へと振り向いた。

ビルにとっては正に助け船だった。

「全く…こんなトコで油売ってたのかい?」

丸眼鏡にくしゃくしゃの黒髪の、これまた背の高い上級生―――ジェームズ・ポッターがこちらに向かって歩いて来た。

よくよく考えてみたら最初から彼が来ることは簡単に予想できた。

 

『ポッターのいる所ブラック在り、ブラックのいる所ポッター在り』

 

そんな言葉をどこかで耳にした。

「…フィルチは僕の仕掛けた囮に引っ掛かってこことは正反対の所で僕等を探しているよ―――って、ん?」

そこで初めてジェームズはビルの存在に気が付いた。

ビルは飛び跳ねる心臓を抑えきれなかった。

 

 

 

入学式に鳶色の髪をしたグリフィンドールの監督生が言ってたことを思い出していた。

『―――ポルターガイストのピーブズには気を付けた方がいいよ…。

 あと、うちの寮名物のポッターとブラックにも気を付けた方がいいね…下手に近付くと大変な目に合うよ…。

 去年は来たばかりの一年生のほとんどに動物型クッキーをあげてたんだけど…

 その代物は食べた人の声がそのクッキーの形の声になっちゃってね…談話室は動物園状態だったよ――』

とにかくこの二人には近付いてはいけないという先入観があった。

その二人は一体どんな人物かと思っていたが、こう二人が並んでいるのを見ると、

ただのルックスの良い親友同士に見える。

が、さっきの会話に引っ掛かるものがある。「フィルチ」然り「囮」然り。

 

 

「君って―――」

シリウスの次はジェームズがビルの顔を覗き込んだ。いかにも利発そうな顔立ちだった。

「君って、ビル・ウィーズリー?」

「は、はい!そうですっ!」

―――なんで知ってんだああぁぁぁ!!!

ビルはまだ二日しかこの学校で過ごしていないのに、

何故自分の名前をこの悪戯大王(上級生がそう呼んでいたのを聞いた)が知っているか不思議で仕方なかった。

「何でお前こいつの名前知ってんの?」

シリウスがビルの心の叫びの変わりにジェームズに尋ねた。

「僕は顔がイイ人の名前は覚えられるのが特技でね☆」

気味が悪いくらい快活にジェームズはそう言い放った。

「この変態面食いロリコン!」

「変態で面食いなのは否定しないけどロリコンではないよ」

「いや、そこ否定しようよ」

ビルの前では漫才が繰り広げられていたが当の本人はそんなこと聞いている余裕など微塵もなかった。

――― 一刻も早くこの悪戯コンビから離れなくては…でないと僕が一年生初の悪戯の餌食に…!

まだ悪戯コンビは漫才をしていた(と、言うよりもただの言い争い?)。

ビルは二人に気付かれないようにそろそろとその場を離れようとした。が、

「ビルっ!」

シリウスが呼び止めた。

―――あぁ、どんな悪戯を吹っ掛けられるんだろう…。

腹をくくって後ろを振り返った。

「ほら、忘れ物」

と言って、先ほどぶつかってばら撒かれた荷物をビルの前に差し出した。

「あ、りがとうございます…」

ビルはおずおずと自分の荷物を受け取った。

「おッと、自己紹介まだだったな…俺、シリウス・ブラック。いちおう七年生。以後ヨロシク☆」

そう言ってビルが今まで見たことないくらい綺麗に、快活に笑った。

「よ、ヨロシク…」

ビルは顔が熱くなるのを感じた。その笑顔に見とれていると不意に左肩が掴まれた。痛い。

右を見るとジェームズが悪魔でも召喚しそうなオーラを出しながらビルに笑顔を向けた。

しかし目が笑っていない。

「僕はジェームズ・ポッター。こいつと同じで僕も七年生。以後お見知り置きを」

「は、ハイ…ヨロシク…」

―――怖っ!

ジェームズの手がギリギリとビルの肩を掴んでいた。

 

 

 

そうして二人はビルに背を向けて去っていった。彼等が悪戯を仕掛けてこなかったことに大いに安堵した。

―――こんなにドキドキすることってそうそうないだろうな…。

こういうスリルは楽しいかもしれないけど、これじゃあ心臓が幾つあっても足りないなとビルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

その夜、静かな自室で宿題をやろうと思い、教科書を開くと、

「ぅわっぷ!?」

顔に緑色のインクが勢いよくかかった。

そしてそこのページには同じ色で、

 

『悪戯仕掛人より、愛を込めてミスター・ウィーズリーにこれをお送りする。

                                 パッドフット&プロングズより』

 

と書いてあった。それを読んだ直後、談話室からどっと笑いが聞こえたような気がした。


とりあえず。親世代と兄世代が同じ時期に学校にいたとはありえないけど

書いちゃいました。えへへ(ヲイ)

楽しいねぇ、悪戯仕掛け人(笑)

06/06/10